和歌山電鐵代表取締役社長代理和歌山県勲侯爵観光招き大明神スーパー駅長たま卿

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たま“スーパー”駅長卿

和歌山電鐵取締役社長代理和歌山県勲侯爵観光招き大明神スーパー駅長たま卿(以下、たま駅長、1999年4月29日 - 2015年6月22日)とは、和歌山電鐵貴志駅に君臨していた駅長である。

概要[編集]

和歌山電鐵取締役社長代理和歌山県勲侯爵観光招き大明神スーパー駅長たま卿(以下、たま駅長)とは、普段は特権をふるって豪勢な生活を送るが、戦時になったらいち早く戦地に駆ける中世の騎士のような三毛猫である。騎士だから貴志駅の駅長というわけではなさそうだが……。

生い立ち[編集]

生まれてすぐは貴志駅周辺に住む野良猫であったが、隣の小山商店に拾われる前はただ日向ぼっこと猫じゃらしを愛し、飼い主とその同僚に餌を貢いでもらうだけの貴族的生活をしていたが、住まいであった南海電気鉄道が貴志駅から撤退し、自らの住まいから撤退しなければならなくなった。ところが和歌山電鐵の社長はそんな住まいを失い流浪の貴族と化したたまを再び貴族として和歌山電鐵に招き入れると決めた。それにたまは感動し、たま卿は和歌山電鐵のために福を招くことに生涯を捧げると決めたのだ。

来歴[編集]

猫社員第一弾として2007年1月、終点の貴志駅において三毛猫の「たま」を駅長に、たまの母「ミー子」と同居猫「ちび」を助役にそれぞれ登用した。給与はキャットフード各種一年分であり、人間を駅員として雇用するのと比較して劇的な経費節減効果が発揮できたとのことである。

たま駅長は勤勉に改札口で業務を行っている一方、ちびは本来なら助役なのだが、寝てばかりで職務放棄している有様から、一部の鉄道ヲタクどもからヒラ駅員扱いされている。そのため、一時逃亡し自由を求めたりもしたが、衣食住に貧窮し一週間ほどで出戻り、再び貴志駅で寝ている。

この他、見習い駅員が確認出来ると出来ないとか言う声が聞かれるが、教習中のため一般的に目にする機会が少ない。ちなみにこの見習い、某漫画家のニックネームと同じ名の母猫の元に生まれたが、育児放棄され、駅長によって育てられた過去がある。ちなみに現在別に飼い主がおり、無給で働かせることが出来るという、電鐵にとって何ともおいしい存在となっている。なお、母猫は野良だが捕獲されて去勢された。そのため、今後のたま駅長らの後継者が問題となっている。

たまは駅長就任を機にバリバリと仕事をこなし、営業のベテランでも達成不可能な乗客7%増を達成。その功績により2008年1月5日に「スーパー駅長」に昇進した。課長級のため7歳にしてそこらのウテシや駅員、果ては並みの駅長よりも格は上、つまり人間よりも格が上となった。なお、報酬はカニカマ。ただし、報酬の一部は助役にネコババされた。

さらに2010年1月3日には執行役員に昇進し、役員会では早速、誘客への高い貢献をちらつかせ貴志駅の建て替えの承認を勝ち取った。いよいよ猫社長の座までひと息である。一般の和歌山県民は足下にも及ばないフランス映画出演での俳優デビューを果たした他、和歌山県初の勲功爵(要するにベッカムとか貴志駅のテーマソング歌ってるおっちゃんが貰ったナイトのこと)も授与された。県の職員曰く、「もはやたまで“ないと”駅長はつとまらない」らしい。社長だって平民なので、もう身分的にはたまの方が上である。

余談[編集]

社長は助役の昇進について何も考えていなかった。ちびは寝ているからいいとして、ミーコにとっては心外とも言える状況である。そのため、式典で「両備帝国国家主席兼助役(略して主席助役、首席助役かもしれない)」にすることを客から提案されているが、今後の状況は不明である。

ちなみに、ちび助役は新駅長室完成後に室内にある箱の中に納まった。ただし、この箱はたまにたま駅長に乗っ取られる・・・あれ?ダジャレを言ったのは誰じゃ?

活躍[編集]

たま卿の活躍は和歌山を中心に日本、いや世界に通じるほどである。和歌山電鐵や県からもらった爵位の他、世界的な高貴な猫たちを特集した映画への出演や自らの肖像をかたどった電車やバスを走らせ、写真集やDVDはバカ売れし、自らが高齢になったら保険のCMに徳光和夫とともに出て死ぬ前の準備の必要性を視聴者に伝えた。ここまでは活躍と言うよりどこぞの独裁者の自己宣伝のようであったが、和歌山電鐵の招き猫として和歌山県に多大な経済効果をだした彼の功績はそれぐらいしないと伝えきれないのである。

逝去[編集]

2015年5月19日から鼻炎のため入院していた。同年6月22日に急性心不全のために他界なされた。死後は和歌山県立図書館であらゆる県民を差し置いて顕彰された。

関連項目[編集]