うどの大木

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うどの大木(-たいぼく)とは、大きくても役にたたないものの喩えとして用いられる慣用句。

概要[編集]

独活とは、セリ目ウコギ科タラノキ属の多年草、という、出自から言っても典型的な山菜である。そのや茎、若葉などを食用にするが、育ち過ぎると若葉以外は食用に適さなくなる。しかし、そもそも木じゃなくて草なので育ったところで木材として利用できるわけではない。そのようなわけで、役にたたないものの喩えとしてこの言葉が生まれた。

ちなみに、「うどの大木柱にならぬ」や「うどの大木たきぎにならず、山椒は小粒でぴりりと辛い」というようなロングバージョンも存在しているが、長くなったところで意味するところは同じである、すなわち長くしても役に立つようになるわけではないのである。

独活からの弁明[編集]

そもそも、大きい・育ち過ぎが故に役に立たないのはうどだけではない。山椒の葉だって若葉のうちは「木の芽」としてもてはやされるが大きく育つと香りも薄れて薬味の用をなさないし、ゴーヤだってオレンジ色に完熟した実なんて誰も見向きもしない。そもそも山菜の大部分は若芽をもぎり取って食用にするわけで、若芽が若芽でなくなる時期には山菜のことなんか忘れられているのが毎年のことである。どうして独活ばっかり槍玉にあげられなくてはならないのか。

植物だけではない。鶏だって若鶏のうちは食肉としてもてはやされるが、成長した鶏はラーメンダシになるくらいが関の山である(稀にその歯ごたえを評価されて『地鶏』のレッテルを貼られたりするが)。羊だって子どものうち(ラム)はおいしいが、成長した羊肉(マトン)は独特の臭みが気になる人によって避けられることが少なくない。

食べ物ばかりではない。おにゃのこだって大きく育ち過ぎているのよりはXXXXXな方がいいはずである。

だいたい、独活が大きく育っても新芽や若葉は食用になるわけだし、全然役立ってないというのはあまりにひどい仕打ちである。

その他[編集]

Google検索すると、「関連検索 うどの大木 やきとり」と表示され、実際やたらとやきとり屋がひっかかる。

関連項目[編集]