サムター要塞の戦い

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

サムター要塞の戦い(さむたーようさいのたたかい)とは、おおまかにいうとサムター兄弟の七年間にも及ぶ兄弟喧嘩のことを言う。

目次

[編集] サムター要塞

この戦いを語るにはまずサムター要塞を知っておかなければならないと話にならない。さらにはサムター要塞夫妻のことにも言及しないといけないかもしれない。

[編集] 開戦前夜の三日前

特になにもなかったといわれているが近年になってやっぱりなにかあったんじゃないのかなどと言われている。事実、サムター兄弟の三男ウィンディーネは七歳にして親知らずが生えたとか生えてないとか。

[編集] 開戦

戦闘は壮絶を極め、開戦三日目にはサムター次男が、四日目には五男が上京していった。戦場では主に長男と四男による毒舌合戦によって多くの死傷者が出たのは秘密である。その激しい長男、四男が放った罵声などでも世界的に有名なもので

'「なによ!このオタンコナス!」'「おととい来やがれナポリタン!」などはこの戦いを知るものにとっては語り草になっている。

[編集] ”私、膠着したみたいなの”

開戦から3年、周りからはふざけるななどと言った罵声に次ぐ罵声のため一旦休戦しようという提案が出されまくった。しかし戦争は帰るまでが戦争という暗黙ルールを守りたかった長男は激怒、休戦案をしりぞけた。このことにより四男のエセ関西弁に拍車がかかり、地元の友達などからはキモイやらウザイなどのブーイングを喰らったことは言うまでもない。そのため戦いは膠着した。その後もこの現状を打破するため長男、四男によるセクシー対決及びチラリズム談義などが行われたがいずれも失敗に終わった。

[編集] 戦いの終わり

膠着状態が続く中、ついに四男にも彼女ができ長男は苦境にたたされた。チンコもたっていた。 そして兄の尊厳が完全に失われた七年目の夏、開戦の地、ここ札幌で降伏文章へのサインが行われた。この時、長男はステージから観客席に飛び込み人々を困惑させた。