ブラウザ戦争

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ブラウザ戦争(ブラウザせんそう)とは、20年以上に亘って続いた戦争である。その影響は全ネット民に及び、現代のポエニ戦争と呼ばれている[要出典]

第一次ブラウザ戦争[編集]

Microsoft帝国の国旗

1990年代初頭、NCSA国でNCSA Mosaicが開発された。その開発者の一人がこれをパクって基に作ったのがNetscape Navigator(以下NN)である。一説に簒奪王朝であるという[要出典]。1990年代前半、Netscape Navigatorはもっとも幅広く使われていた。 しかし1995年にビルゲイツ帝率いるMicrosoft帝国はInternet Explorerを実戦投入、さらにOSの基幹部分にIEを組み込んでシェア拡大を図るという外道スタイル[1]で一挙に勢力を伸ばし、IEが世界を支配する暗黒時代が幕を開けた。 NNを使う利用者のもとには次々と刺客が送り込まれ、正しくない手書きHTMLサイトやCSSへの対応が遅れたこともあってNNは危機に瀕する。 かくして2000年にはIEが全世界を支配し、Microsoft帝国は最盛期を迎えた。第一次ブラウザ戦争はIEの完全勝利に終わった。全人民は日々ビルゲイツ皇帝に感謝の祈りを捧げ、帝国は永遠に繁栄するかに思われたのである。

第二次ブラウザ戦争[編集]

NERVに見放されたIE
反乱の初期に使われた反Microsoft帝国の旗印
「権力は腐敗する、絶対的権力は絶対に腐敗する」
Microsoft帝国 について、ジョン・アクトン

第一期[編集]

IEは圧倒的なシェアを占めたことで、同ブラウザのセキュリティホールを狙った攻撃が多数発生した。だが、皇帝が怠惰なため官僚制の弊害のためセキュリティ問題は解消されないままになった。

Safariの乱の時に使われた旗

2003年のスティーブ・ジョブズらのSafariの乱を制圧できなかったことにより、帝国の弱体化の実態が世界中に広まった。そしてついに2004年NNの怨みが復活、firefoxという依り代を得たMozilla共和国はMicrosoft帝国に宣戦を布告、ここに第二次ブラウザ戦争が始まった。帝国は早々にMac地方から撤退、地元Windows地方で体制立て直しを図ったものの、Opera自治国[2]その他の弱小国からも次々と攻撃を受けた。 2007年にはApple帝国が逆にwindows地方に侵入した。 ヨーロッパ戦線では敗退続きのMicrosoft帝国だったが、しかし帝国の完全植民地の日本とアメリカにおいては未だ勢力を保っていた。

第二期[編集]

第二期の覇権兵器Chrome

2008年に戦況は大きく変わった。とうとうGoogle帝国がAndroidスマートフォンと共に新兵器Chromeを以って参戦したのである。旧弊なIEは全くもって敵うはずもなく、かろうじてiPhoneで対抗したApple帝国をwindows地方から追い出しはしたが、Windows8内閣は組閣に失敗し、兵器の更新もままならなくなった。 そして2012年にGoogle帝国はMozilla共和国に勝利を宣言した。その後もGoogle帝国はMicrosoft領に進撃を続けた。Microsoft帝国は牙城のはずの日米ですら領地を失っていった。 2015年にMicrosoft帝国は新兵器Edgeを発表したが、2016年にChromeはIEとEdgeの合計シェアを上回った。Google帝国は世界の新たな盟主になり、全人民を従わせることを告示した。Googleアカウントを持つと尚更いらない子になったのでWindowsユーザーですら使うことは信者にしか見られなくなった。最もPCやWindowsすら知らない・スマートフォンしか使えない真性の情弱がIE・Edgeに辿り着く事はなくなったのだが。

脚注[編集]

  1. ^ ヨーロッパなどで独禁法違反の判決を受けた。
  2. ^ 自治宣言は1995年

関連項目[編集]

Wikipedia
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