人類館

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人類館(じんるいかん)は、明治時代の大阪にあった、日本のテーマパークである。

概要[編集]

19世紀の終わり、開国を経て、富国強兵政策を採っていた大日本帝国は、「帝国臣民も和食だけでは飽きてしまうだろう」と思い、世界各国(自国の植民地も含む)の料理をその土地の文化と併せて展示するテーマパークを、、1903年に大阪天王寺で開かれる第5回内国勧業博覧会において設置することとなった。名づけて、「人類館」[1]である。

展示された文化[編集]

清国の文化
当時の代表的な中華料理である、アヘンの吸引の実演。
インドの文化
旧ムガル帝国だけでなく、ベンガル、首長族[2]の文化も伝えられたが、真面目に見てた人は何人いるだろう?
アイヌの文化
沖縄県民に「一緒にされたくない」と言われていたが、実は当時は白人だと思われていた。
琉球の文化
遊女が2人展示され、それに対して沖縄県民が、「アイヌと一緒にするな!」と叫ぶ屋外展示もあったが、でもこれってさべ検閲により削除
台湾の文化
ここに一番金がかけられていた。やっと和食だけの生活から抜け出せたというモニュメントでもある。
韓国の文化
K-popの生演奏と、キムチをおいしそうに食べる人の姿が、日韓併合に至る世論を作り上げた。
アフリカの文化
当時、「土人」と呼ばれていた彼らが、ジャズや、ロックを生み出すと誰が想像しただろう?[3]
トルコの文化
「瀕死の重病人」と呼ばれながらも、かつて欧米を脅かした帝国としての威信を示した。

あれ…欧米白人だけいないのはなぜ?

反響[編集]

当時は中国や、韓国で、日本留学ブームが起こっていたが、生粋の中華料理ではなく、イギリスによってもたらされたアヘンが、「中華料理」として展示されてるのを見て、「本場の中華料理はそんなんじゃない!」という反発が大いに起こった。「世界三大料理」とまでいわれる本場の中華料理ではなく、まずいといわれるイギリス料理のアヘンを「中華料理」として展示されたことは、後の彼らに反日思想を植え付けるきっかけとなった。

当時の日本国内に居住する台湾人、沖縄人、アイヌを異人として紹介したのも画期的だった。人類館で内地人とは別種の人間として取り扱われたことは、その後「彼らの住む台湾、沖縄、北海道は日本の領土ではないから、食い逃げしても構わない」という外国の主張に論拠を与えることとなった。

一方欧米では、「我々だけ仲間外れにするとは何事だ!欧米の料理はまずいってことか!?」という非難が湧き上がり、それから10年後の、大正天皇の即位の礼における晩餐会においては、フランス料理が採用された。

脚注[編集]

  1. ^ 正式には、「学術人類館」である。
  2. ^ 現在はミャンマーの民族である。
  3. ^ 正確にはアメリカにわたった彼らの子孫によるものだが。

関連項目[編集]

Wikipedia
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Hitlerefficiency ハイル・ヒットラー!
この人類館は、偉大なる我らがアーリア民族の築き上げた最高の文化的作品である!
この記事を書き上げてこそ、ユダヤ人を殲滅できるのだ!
この記事をつまらなくする者に宣戦布告を!!ジーク・ハイル!!!! (Portal:スタブ)