小堺一機
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
小堺 一機(こさかい かずき 1905年-)とは、お笑い芸人であると同時にサイコロを発明したことでも知られている。自ら司会を務める帯番組ごきげんようでの乱暴な司会ぶりが特徴。
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[編集] 人物
ぎんざNOW!素人コメディアン道場でデビュー、第17代チャンピオンとなる。初代チャンピオンは関根勤で、この時の縁から長いバトルの火が切って落とされる。
共に萩本欽一に見初められ、「欽ちゃんのどこまでやるの?」で黒子(関根)とグレ子(小堺)のタッグを結成、一時期はアジア王座のベルトを狙うまでの人気を獲得していたが、互いにソロで戦う事を決意、タッグベルトへの挑戦はしない事を決意し、今日まで至る。
個人では「小堺クンのおすまし de SHOW」を相当回数こなしており、シアターあぷると言えば小堺一樹のショー劇場、と言えるまでに馴染みが深い。
[編集] 歴史
- TBS系列のラジオで関根勤とのタッグでDJを行うコサキンシリーズも早25年も経つ長寿番組だが、初期リスナーの中でも特にトップクラスのハガキ職人だった有川周一・舘川範雄・楠野一郎は、その実力を買われて番組のお抱え放送作家になった。(有川・館川は専属、楠野は他番組との掛け持ちなどで出番は少ない)
- 電話参加リスナーとの挨拶は「アーユージャングル?」と呼びかけ、相手に答えさせる形式。あの頃はまだセクハラなる言葉は無かった…。
- テレビでコサキン番組を持った時期もあったが、ラジオ程の人気は出ずにすぐに終わってしまった。コアなファンからは「テレビじゃ面白さの半分も出ない」というブーイングがあったとか。
[編集] 「ごきげんよう」のサイコロの仕掛け
「ごきげんよう」のサイコロは、「当たり」の面が出るかと思いきや他のものになることが多い。このサイコロには、実は仕掛けがされており、その仕掛けを考えたのは小堺なのだ。その仕掛けの内容は、以下の通り。
- 「当たり」の面と、それに隣接する4面(合計5面)におもりをつける。
- 「当たり」の向かいの面にはおもりがついていない。
- それによって、「当たり」の面が上に向いた状態になっても、他の面のほうが重いため、しばらくすると倒れて他の面が上に向いて止まるという仕組みになっている。
[編集] 関連項目
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