山川藪沢

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山川藪沢(せんせんそうたく)とは、大昔の日本にあったという理想郷である。日本における桃源郷とも言われる。

概要[編集]

出典は、奈良時代に書かれた養老律令という古文書の記述である。原文は以下のとおり。

山川藪沢之利、公私共之。

たったこれだけであり、魏志倭人伝に記された邪馬台国の記事よりも遥かに内容に乏しい。しかし、養老律令は日本人の、しかも国家によって編纂された信頼性の高い書物であり、そのため山川藪沢の存在については多くの人びとが、日本の何処かに存在すると長い間信じてきた。上記の記述から、山川藪沢では、国家や個人の別なく、その恵みを自由に享受できるとされた。それ以上の詳細な情報は不明だが、山、川、藪、沢を含む自然の豊かな土地で、山で山菜を採るのも、川で魚を釣るのも誰の許可も届出も必要なく、あらゆる人間に対し開放されていたという。一般的な山川藪沢観では、このような自由な採取が許されていながら、人々は争うこともなく平和に暮らしていたとされる。

このように山川藪沢は古代の日本人が考えてきた一種の理想郷であり、中国桃源郷の伝説と共通するところがある。実際には桃源郷は六朝時代の詩人陶淵明の創作であるが、山川藪沢は国家の公式文書に記載されているため、執筆者は実在するものと考えていた可能性がある。但し養老律令を編纂したのが都の人間である以上、彼らが実際に山川藪沢を発見して立ち入ったという可能性は低く、やはり巷に存在する噂話を鵜呑みにして記述したのではないかと疑われている。このような立場からは、山川藪沢も結局は桃源郷と同じ架空の存在であり、実在するものではないと主張される。一方で、国家もまた山川藪沢を利用できることが明記されているため、その存在は国からもはっきりと認識されていたという説もある。

現代[編集]

山川藪沢が実在したのか、そうでないのかは分からないが、どこかにあって欲しいと思う理想郷として、長きにわたり日本人の心のなかに根ざしていたことは間違いない。しかし明治時代になると、政府は、山川藪沢は非科学的な迷信にすぎないとして、このような前近代的な思想を民衆から取り払わなくては日本の近代化の妨げになると考えるようになった。そこで政府は公式に山川藪沢の存在を否定する声明を発表した。声明は後に民法239条2項として法制化された。この声明では、山川藪沢のように「誰のものでもない土地」というものは日本のどこにも存在しないことを高らかと謳っている。

このように、日本国政府は、山川藪沢なるものが現代の日本には存在しないことを、公式に宣言している。この宣言に批判的な探検家や民俗学者が、山川藪沢の存在を実証すべく全国各地を捜索して回っている…のかどうかは不明だが、宣言が発表されてから100年以上たってもなお山川藪沢に関する情報はいっこうに出現しないため、残念ながら、現代ではもはや実在の見込みは皆無のようである。

伝説のなかの山川藪沢[編集]

桃源郷の詩では、桃源郷を一度訪れた人間が、再び訪れようと思っても決して到達できなかったことが記されている。桃源郷は目的を持ってそこへ行こうとしても辿り着けないとされる。それとは微妙に異なるが、山川藪沢に関して言い伝えられてきた伝説には、欲の深い人間には決して見つけ出すことが出来ないというものがあり、そうであれば、日々食べて生きるだけで満足していた古代の人々と比べ、ずっと欲の深くなった我々現代人が、どんなに懸命に探しても山川藪沢に巡りつくことが出来ないのは、当然であるのかもしれない。

関連項目[編集]

  • 桃源郷
  • 律令制
  • 入会権(いりあいけん)…不完全ながら、人為的に山川藪沢を生み出そうとして作られた制度。