運命の赤い糸

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運命の赤い糸(うんめいのあかいいと)とはによって、東アジアの人々に結びつけられた)である。この世で最も繊維質が脆い糸である事で知られている。

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概要[編集]

東アジアの人間は生まれながらにして、悪趣味な神によって赤い糸(縄)が結びつけられている。中国人は足首に、日本人は手の小指に結びつけられており、現在では中国人にとっては足枷、日本人にとっては手錠の様なものという解釈が一般的になりつつある。糸の先には一人の異性が繋がれており、その赤い糸で繋がれた男女は、互いに結ばれる運命にある。繋がれた二人の男女は、例えどんなに離れていても、その二人を繋ぐ赤い糸が切れる事はなく、いつしか互いにその糸をたどり合う様にして巡り会う事になる。そして結ばれる。この赤い糸の存在が初めて確認されたのは中国北宗時代であり、その当初は、その存在が重宝されていた。しかし、その後、長い年月が過ぎる中で、文明の発達や人口の増加、人々に赤い糸を結びつけていた神が、繰り返される反復作業に飽きてきた事などが原因で、様々な問題が生じる様になってきた。

赤い糸を巡る問題[編集]

複雑に絡まった赤い糸で遊ぶぬこ様
文明の発達と人口増加によって引き起こされた問題
かつて、神が人間に赤い糸を結びつけていた当初に比べると、現在では人口が過剰に増加し、また文明の発展によって高層ビルが建ち並び人々の行動範囲も限りなく広がった。そのため、二人のを結びつけている赤い糸が、複雑に絡み合い、以前よりも糸の先をたぐり寄せるのが困難になり、なかなか運命の相手に巡り会えない男女が増え、晩婚化の原因となっている。また、複数本の赤い糸が複雑に絡み合ってしまう事も珍しくなく、運命ではない相手を、運命の相手と勘違いして、性交渉に至り、結局分かれて、また違う相手を運命の相手と勘違いしてしまうといったような性の乱れの原因にもなっている。
暇を持て余した神の悪戯が引き起こす問題
先述のような問題が生じても、やがて人は神が決めた運命の相手に巡り会い結婚をする場合が多い。しかし近年では、その結びつける相手を、神が悪戯に選び、その者の人生を狂わせてしまうことが少なくない。その証拠に、昔に比べると離婚件数が増加し、例え離婚しなかったとしても「結婚生活は牢獄の様なもの」と既婚者が口にする場面も少なくない。もはや手足に結びつけられた赤い糸は、足枷や手錠に成り下がってしまったと考えざるえない状況である。そもそも、『』色には、だの赤点だの通常の3倍の速さでやってくる仮面のパイロットなど、結構不吉なイメージが付き纏う事が多い。

由来[編集]

これに関連した逸話が前述したように北宋の時代に発見された。これは赤い糸の存在を裏付ける最古の史料である。

その逸話は以下のような話である。

韋固(いこ)という人物が旅の途中、宋城の南の宿場町で不思議な老人と会う。聞くと老人は現世の人々の婚姻を司っており、カップルを決めると赤い縄の入った袋を持って現世に向かい、男女の足首に決して切れない縄を結ぶという。この縄が結ばれると、距離や境遇に関わらず必ず二人は結ばれる運命にあるという。

以前から縁談に失敗し続けている韋固は、目下の縁談がうまくゆくかどうかたずねるが、老人はすでに韋固には別人と結ばれた赤い縄があるため破談すると断言する。では赤い縄の先にいるのは誰かと聞けば、相手はこの宿場町で野菜を売る老婆が育てる3歳の醜い幼女であった。怒った韋固は召使に幼女を殺すように命令し、召使は幼女の眉間に刀を一突きして逃げたが殺害には失敗した。

縁談がまとまらないまま14年が過ぎ、相州で役人をしていた韋固は、上司の17歳になる美しい娘を紹介されついに結婚した。この娘の眉間には傷があり、幼い頃、野菜を売る乳母に市場で背負われていると乱暴者に襲い掛かられて傷つけられたという。韋固は14年前のことを全て打ち明けて二人は互いに結ばれました。めでたし、めでたし。

反論[編集]

とってもロマンティックであるが、研究者からはこの資料の信憑性及び矛盾に対して疑問を投げかけている。

まず、「韋固という人物は縁談に失敗し続けている」と言うことは明らかに婚活に失敗している証拠である。つまり、彼の容姿に相当問題があったか人格的に問題があるとしか言いようがない。事実、運命の人が「3歳の醜い幼女」だと知った瞬間、激昂して殺そうとしている。人を見かけで判断する典型的な人格障害者である。そして、美しい娘と結婚する時は文句も言わないで結婚した。彼は美人とブス問題を提示されたら躊躇なく美人を選ぶだろう。人間が浅い。

そして、「縁談がまとまらないまま14年が過ぎた」とある。ここまで縁談が失敗し続けたら前人未到である。逆に尊敬の念を覚える。失敗の原因が彼の結婚に対する条件が高いか、彼自身の人間的に問題があるとしか理由が思い浮かばない。どっちにしろ、韋固は器の小さい人間に違いない。よく役人になれたものだ。 

そんな彼を、上司が可哀そうだと思って17歳の美しい娘を紹介する。ちょっと待て、17歳だと成人もしていないではないか。まだ高校も卒業していないぞ。よほど、娘が邪魔だったのだろうか?上司の良識を問いただしたくなる。そして話は一気にクライマックスを迎える。実は娘は、14年前に襲った醜い幼女だったのだ。また、ココでストップ。幼女は「野菜を売る老婆」に育てられていた。上司もおそらく役人だろう。老婆は誰だ?つーか、老婆と上司の関係が全く分からん。もしかしたら、老婆がお金がなくて上司に娘を売ったのかもしれない。老婆の良識も問いただしたくなる。

韋固は娘に告白をする。実は自分があなたを傷つけようとしたのだと。通常ならここで縁談は破談である。しかし、娘は多分正直な韋固に感動して結婚を決めたのだろう。しかし、読者諸君。冷静になってもらいたい。娘は17歳である。そして韋固の年齢は分からないが幼女を襲った時を20歳だとしよう。つまり結婚時は34歳である。想像してください。あなたは女子高生。相手はあなたの倍の年齢はあります。あなたは34歳のおっさんと結婚したいと思いますか?絶対嫌である。親が親なら子も子だ。常識というものが微塵もない。

このように、韋固と娘が結ばれたのは登場人物の良識のなさだったからこそ成立したと言っても過言ではない。その前に、3歳の時醜かった女が17歳になると美しくなるのだろうか?みにくいあひるの子じゃあるまいし、設定にも無理がある。以上のように神様はかなり適当にカップルを選んでいるのがお分かりいただいただろうか。そして、美人と結婚したからと言って「二人は末永く暮らしました」とはならない。もしかしたら、奥さんが浮気するかもしれないし、夫が病気になるかもしれない。

この逸話の趣旨は赤い糸の存在を証明したかったのではない。この逸話が言いたかったのは、どれだけ人間的に問題があっても神様が相手を選んでくれているからダイジョウブという認識を人々に植え込むことである。これは現代の晩婚化離婚を促進している価値観である。晩婚化の原因は女性が「私はこんな奴が運命の人じゃない!」と自信過剰になっていることであり、離婚も同じである。つまり、俺がしなくてもだれかがやってくれる。そういうダメな認識を生ませた「赤い糸」伝説の原罪は大きい。

現実[編集]

運命の赤い糸など何処にも無いユザワヤを探しても富岡製糸場を探しても無い。そしてそんな糸で結ばれているような男女など何処にも居ない。もし、本当に赤い糸で結ばれているといえど、糸というものは、二人が人間、ひいては動物であれば強く動いた場合はすぐに切れてしまう脆いもので、とても強い絆を髣髴させるイメージが沸いてこない。亀甲縛りであれば男女の片方が縛られればいいのであるし、男女の口と口の間にある糸はもしかしたら世の中のあらゆる繊維のどれでもできていないかもしれない。もしそんな男女を見たなら、きっと貴方が疲れて幻覚でも見ているのか、彼等が糸電話で話でもしているのであろう。


関連項目[編集]


ツンデレ ……見ての通り、この記事「 運命の赤い糸 」は書きかけなわけだけど…、はぁ!?何言ってんの?勘違いしてるんじゃないわよ! べっ、別に加筆して欲しいわけじゃ無いんだから!まぁ、アンタがどうしても加筆したいって言うのなら、加筆させてあげてもいいんだけど…… (Portal:スタブ)