鎖鎌

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「Turn Their Swords Into Sickle and Chain.」
鎖鎌 について、マイケル・ジャクソン

鎖鎌(くさりがま)とは、日本で考案された農具である。

概要[編集]

鎖鎌を扱う農夫。かっこいい。

鎖鎌は読んで字の如く、鎖分銅を結わえ付けた農具である。起源は不明だが、平安時代後期には既に鎖鎌は発見されている。当時の日本は荘園制の発展が著しく、藤原家や皇室なども下請け農民を雇い開墾に明け暮れていた。そのため農具自体の発展も必要視され、遣唐使廃止後ガラパゴス化をたどりまくっていた日本では様々な新農具が考案された。その一つが鎖鎌であり、同時代の農具として唯一明治時代まで残った道具である。

その奇妙な経常故に忍者武器、あるいは武具としての利用が考えられがちだが、鎖鎌はと同じく紛れもなく農具である。最も、農民一揆の際には鍬などを始めとする農具は武器代わりとして使われたらしく、それが今日での誤解を招いているのかもしれない。しかし、鎖鎌はあくまで農具であり、武器でも暗器でもないことは忘れてはならない[1]

発展[編集]

鎖鎌はである。すなわち、本来の用途は収穫用具である。鎖鎌は鎖国期間が長すぎて中だるみを通り越して深夜テンション化していた国風文化院政期農村において、名も無き農夫が考案した紐を括り付けた草刈鎌がその源流とされている。これは紐を振り回すことで遠くの雑草を一瞬で刈り取り、地面を置けば果物の収穫もでき、開墾する際には邪魔なを切り落としたりできる万能農具として一気に広まり、12世紀後半の荘園整理令公布時には北海道を除く日本全域で使用された。

平家期になると、引っかかると紐がちぎれる、またはすっぽ抜けて危ないというデメリットを解消するため、石突の部分にをはめる金具をくっつけた改良農具が考案された。さらに鎌倉時代になると、鎖の反対側に分銅を結びつけることでよりすっぽ抜けにくくなり、遠方のを砕く、害獣を脅かして追い払う、収穫した農作物の重さを測定する、などという更なる改良がおこなわれ、現在に至る鎖鎌がほぼ完成に至ったのである。

こうした農民の試行錯誤に全く無知な人間もいた。吉田兼好である。彼は徒然草の中で「百姓どもの中には鎖がついた妙な鎌で農作業をしている輩がいる。農作業と称して通り魔でもやってるんじゃないのか、くわばらくわばら」などと書き綴っており、この無知ははるか後世まで晒されることとなった。

室町時代が終わり豊臣秀吉刀狩を出すと、鎖鎌は「武器」に当たるのかという議論がなされるようになった。この頃になると農民たちは収穫のほとんどを鎖鎌で行うようになり、惣村では月に一回鎖鎌の使い方を大人が子供に教えるようになっていた。それが今でいう凶器準備集合罪、古い言い方をすればゲバ棒の練習に見えた、と言うのが当時の武士の解釈であった。しかし、鎖鎌は誰がどう見ても農具というのが当時の民衆の考えであり、農民出身だった秀吉も「え、アレ武器だと思ってんの? あんな農具でどうやって闘うんだよ」と至極まっとうな結論を出した。よって一日でこの議論は収束し、鎖鎌は農具として認められることとなった。

江戸時代に入ると、千歯扱きやら備中鍬やら便利な農具が大量に登場したが、それらの農具も利便性で鎖鎌に勝ることはなかった。本居宣長は随筆の中で、鎖鎌こそ日本が世界に誇れる珠玉の農具である、と述べている。その宣長は、唐揚げにして食べる為に鎖鎌を使って鳶狩りをしていたが、下手糞だったので一度も成功しなかった、と、息子の本居春庭によって暴露され、論敵上田秋成からは、鎖鎌を使うのが下手糞なオッサンと揶揄された。宣長を尊敬していたカルト教団の教祖平田篤胤は、宣長は鎖鎌を使って不浄な霊魂を刈り取っていたなどというトンデモを吹聴していた。

その後、明治時代が来て西洋農具が日本に入ると、鎖鎌は斜陽を迎える。西郷隆盛は、「おいどんは何でもかんでも西洋式に差し替えるのは反対でごわす」と、鎖鎌の利便性を高く評価して西洋農具の導入に反対したが、彼は西南戦争に敗れ自らの命を絶った。大久保利通伊藤博文山縣有朋らは西洋の農具の方が便利だと決めつけていて、西洋農具の普及を推進していった。かくして、鎖鎌はひっそりと歴史から消えていった。

もしこの記事を読んでいるキミが、何らかの方法で鎖鎌を目にしたら思い出してほしい。鎖鎌を片手に遠方の雑草を斬り落とし、明日の農業の発展について日々考えていた、泥臭くも恰好良い百姓たちの姿を。

しつこいようですが[編集]

鎖鎌は武器ではなく農具です。

脚注[編集]

  1. ^ 西洋では同様の発想として大鎌が考案されたが、あれも農具であって武器ではない。あれが武器だとされるのは死神命を刈り取る)やギリシャ神話大地女神ガイア(豊穣神なので鎌を持っている)が構えている彫像などを見て「武器に違いない」と勘違いした中二病患者が、人間には絶対に振り回せないデカさかつ重量の鎌を物語で「武器」として登場させたからである。あんなもんを武器として使えば、四方八方からタコ殴りにされるのは目に見えている。

関連項目[編集]