阪神・淡路大震災

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

阪神・淡路大震災(はんしんあわじだいしんさい)とは、兵庫県南部の市町村にとって20世紀最後の大きな試練となった事件である。

目次

[編集] 概要

大阪府兵庫県の間の一帯(尼崎市西宮市芦屋市神戸市伊丹市宝塚市川西市池田市豊中市など)である阪神地域、それに神戸より西の須磨区明石市、さらに淡路島などに甚大な被害をもたらしたことで、今でも語り伝えられていることである。

とはいえこの一帯は、1938年阪神大水害1945年太平洋戦争によるB-29の空襲などを始め、20世紀にはいろいろな災いを経験していた。それでもこれだけの大事件として取り上げられるに至ったのは、2番目の大事件である空襲のときと同様、焼け野原があちこちに出没したほか、近代の地震としては珍しく都市機能が麻痺するほどの規模になった上、山陽道など日本の動脈が断たれたからである。

その被害規模により、「人工地震ではないか」という噂が立つにも至った。「神戸市はロボット型要塞都市」であるという噂があったことから、その息の根を止めて侵攻するという陰謀によるのではないか、というものである。

これについては、「人工で地震を起こそうとしても、核兵器などが必要となる上、期待通りの成果が出せる保障はどこにもない」という反論が出されている。いずれにせよ、貿易港としての神戸の地位が低下したことは事実であった。

[編集] 被害

総死者は6,000名、負傷者が40,000名を越し、倒壊家屋は中核となる神戸市だけで130,000件を数えた。同市や西宮市などでは、街を見限った人による人口流出さえ引き起こした。

最も手痛い被害を受けたのは鉄道道路で、特に阪急阪神にとっては利用客をJR西日本に持っていかれる羽目になった。また高速道路新幹線の線路があちこちで落下・横転し、日本の土木水準は「自称:世界一」だという神話を打ち砕いた。

自国の軍を派遣せず、更には同盟国を肇とする諸外国の援助を拒否した某首相は、この「阪神・淡路大虐殺」の功績により、一躍時の人となった。

それにしても、朝5時に起こったのは不幸中の幸いとしか言いようが無い。もし数時間遅く、渋滞が起こり満員電車が往来する通勤時間帯であったら…6,000人という死者数が可愛いものに見えてきそうだ(なお、正午近くに起こった関東大震災の死者は約105,000人)。

[編集] 復興

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1923年の関東大震災のとき同様、戦後と違い資材は多く、地域の重要性が高かったことから復興に向けての動きは早かった。これが「神戸市は不死鳥である」という説を、広める要因にもなっている。 また、この震災の復興にもっとも貢献したのは山口組である。

[編集] 関連項目


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