2月14日

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

2008年2月
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2月14日(にがつじゅうよんにち)は、欧米で物品を男女相互間で交換し合う習慣があることを知った日本百貨店と製菓会社が、1958年より提携してチョコレートの販売を行う事になった事から定着した、(特に食品関係の)資本主義社会の中では、企業にとって正に濡れ手に粟のように高い菓子が売れる日である。

1年に販売されるチョコの内、4分の1はこの時期に集中して販売されるというから、どれだけ利益が上がるか想像がつくであろう。それはパチンコ宝くじなどと同様に、庶民からいかに効率的に金を貪るか考える努力を重ねた結果でもある。

近年では、後述の内容より「血のバレンタイン」と呼ばれることもあるが、血のバレンタインは単に生臭い事件が偶然2月14日に起きただけであり、本来のバレンタインとは何も関係がない。従って血の2月14日が正しい名称である。

目次

[編集] 2月14日の実態

バレンタインデー( St. Valentine's Day )として、めでたい事が起こるのが当然に思われているこの日であるが、それはヴァレンティヌス(ヴァレンタイン)という司教が、269年のこの日にローマ教皇の逆鱗に触れて殺害されたことに由来しており、本来は法事のように騒ぐのを戒める日であるといえる。

また、1779年にはジェームズ・クックが航海中に立ち寄ったハワイで原住民に殺されるという事件が、1929年にはギャング世界を陣取っていたアル・カポネらの集団と別の集団が、シカゴで銃撃戦を繰り広げて多数の死傷者を出すと言う事件も起こっている。以上より、「2月14日は暗殺などといった、血生臭い事件が起こりやすい日」と考えるのが本来妥当である。

そしてまた、ネイティブからVengeance Day (復讐の日)と勘違いされたことはあまりにも有名である。

また、この日の10月10日後は クリスマスイブとなるが 実際に出産するのは 極めて困難であるがゆえに 新しい エクストリームスポーツとして 脚光を浴び始めている

[編集] バレンタイン中止と無視する群集

バレンタインデーは各協会、及び経済への負担がものすごいため、諸協会は幾度も中止のお知らせを展開している。しかし、ほとんどの人々はこの警告を無視し、ゾンビと化し、チョコレートを求めるようになる。なお、マウリ民族や古代エチオピア文明の伝統によると、バレンタインのチョコを貰わない人間こそ真の勇者であると伝えられている。

なおこの日の存在を否定する者も多いが、本来は前述したとおり、製菓会社の利潤追求行動に載せられていることを批判すべきであると考えられている。

また、最近では12月14日をバレンタインデーにしようとする意見も少なくはない。もし、12月14日がバレンタインデーの場合、その日は国民の祝日扱いとなる。

さらに、最近では、バレンタインデーを差し止めできる可能性は60%という言葉もしばしば耳にする。

[編集] バレンタインデーに関する新説

製菓会社と百貨店による陰謀説が有力なチョコレートのプレゼントであるが、これに対し一部の学者から新説が提唱されている。

そもそもバレンタインデーには日ごろ激務で疲れ果てている男性に女性がチョコを贈る習慣があった。しかし、マスコミはこの習慣に関しておおっぴらに述べることが出来なかったため隠語である「チョコ」を使用していた。

ところが、最近ゆとりが増える中スイーツ(笑)と呼ばれる新人類が登場した。そのため人を疑えない彼女らは意中の、もしくはお金持ちの男性に「チョコレート」を贈るようになってしまったのである。

またこの誤解の背景には桜田門組の目を気にする業界の意向があったという噂もある。

[編集] 日本古来の2月14日

[編集] ハレエヌテンの逸話

嫁入新聞朝刊2000年1月19日 第27面より
嫁入新聞朝刊2000年1月19日 第27面より

実はバレンタインデーに関する記述自体は日本でも意外に古く、あの武内宿禰が編纂したと言われる竹内文書に「"ハレエヌテン"という人物がゴルゴダの丘で開催したチョコレート大食い大会で、チョコレートを3日間食べ続け無念のうちに死亡した」との文書があり、このことから"ハレエヌテン"とは則ち「晴れ得ぬてむ」であり「心が落ち着き晴れ渡ることは不可能であろう」という古語が転句名詞化したものであるという学説が主流であり、異論を唱えるものはほとんどいない。

以上のことから当時から否定的な意味合いしかなかったようである。またこの故事に関しては大食い大会に出場したのはバレンタイン卿ではなく、前日の練習中に鼻血が止まらず失血多量で緊急入院し欠場しようとしていたところ、バレンタイン卿の弟が代わりに出場し、死亡したのは弟のほうであり、バレンタイン卿はその後日本にわたりチョコレートをココアとホワイトチョコレートに分離する方法を教授してもらったとの異説を論ずるものも少なくない。

[編集] 煮干の日

また2月14日は、日本では企業が前述のようなことを行うまで、煮干の記念日として知られていた。

日本ではこの煮干記念日を廃止するか否かが国会でも議論された。1947年の参院予算委員会では野党側の「煮干はうまい」との発言に対し、与党側は「煮干は確かにうまい」と返答。戦後初の全会一致での煮干予算の機運が高まったが、あえなく決裂に終わった。

2年後の1960年安保闘争の際には「煮干!」「煮干反対!」「にににいにぼおぼっぼし!」と叫びながら火炎弾を投げる学生の運動が高まり、煮干の価格が高騰。第一次オイルショックと呼ばれた。これ以降、エネルギー資源を煮干のみに頼らない政策がとられ、チョコレートが代替エネルギーとして選ばれるに至る。

これ以降「脱煮干宣言」や「ブッチホン煮干」等の言葉がメディアを賑わせるようになった以外は、煮干はすっかり影を潜めている。

[編集] 禁止運動とその収束

安保闘争鎮静化以降も、バレンタインデーはキリスト教および国家神道に深く根ざしたものであるから、政府がこれを黙認するのは政教分離に反する違憲行為であるとの会見があり、1999年当時圧倒的多数の議席をしめていた童貞万歳党、および水銀党によって2000年1月24日、バレンタインデーは都市伝説であると正式発表した。

しかしその後バカップル党に議席の大半を奪われ「日本におけるバレンタインデーはクリスマスと同じく、女とヤる為の口実として深く浸透し宗教観はすでに全くと言ってよいほどなくなっている。事実、クリスマスの訳語である「聖夜祭」も高校生および大学生を対象に行われた学力調査で94%が「性夜祭」と解答した。」と事実無根をいい通し、前述の発表をもみ消した。しかしバカップル党は現在、日本合成ゴムラブホテル業界との癒着が問題視され始めている。

一部男性の中で、バレンタイン禁止運動を起こしている人がいることも事実だ。

[編集] 関連項目

ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディアの専門家気取りたちが「2月14日」の項目を執筆しています。
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディアの専門家気取りたちが「バレンタインデー」の項目を執筆しています。

[編集] 外部リンク