スタッフが美味しくいただきました

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
※この後、スタッフが美味しくいただきました[1]
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「スタッフが美味しくいただきました」の項目を執筆しており、なんと「良質な記事」に選ばれてしまっています。アンサイクロペディアが負けてしまいました。
にーこにっこどーが♪
ニコニコ動画中毒患者のために、ニコニコ大百科ではニコ厨たちがお金をかけてまで「この後スタッフがおいしく頂きました」の項目を執筆してくれています。
Pixiv
同人マニアのために、ピクシブ百科事典では同人ゴロとその愉快な仲間たちが「※この後スタッフがおいしくいただきました」の記事を執筆しています。

スタッフが美味しくいただきました(スタッフがおいしくいただきました)とは、食べ物を粗末にするような企画を番組がする際に、免罪符としてよく使われる言葉、注釈。

概要[編集]

食べ物に関する企画をする番組であればどの番組もお約束のように免罪符[2]として使う、定番のフレーズである。

日本が現在のように食べ物を粗末にするような企画をやれるほど食べ物が豊富になったのは、戦後しばらくしてからであり、つい最近のことである。食べ物に恵まれなかった時代で育ってきた世代からすると食べ物を粗末にすることは命を捨てているのに相応しく、そのような企画をする番組に強く怒りを覚えるのはごく自然のことであると考えられる。では戦後以降の世代は特に怒りを覚えないかと言われると、必ずしもそうでは無い。もったいない精神が自分たちの先生等から教え込まれていることが多いので、そうした人たちも食べ物を粗末にするような番組の企画には怒りを覚える。そしてその中でも性悪説に立つ教育熱心な人なら、そのような企画を子どもに見せていたら真似して食べ物を粗末にするような人間になってしまうと不安を覚える。このような人たちは視聴者の中に多く含まれており、食べ物を粗末にするような企画をする番組が多くなるにつれて「食べ物を粗末にするな」というクレームが入るようになった。これは日本が戦時中の貧しい時代を経験しているのは勿論のこと、国民にもったいない精神が遺伝子レベルで刻み込まれているために発生してしまったと十分に考えられることであり、そのような中で食べ物を粗末にする企画をしてこうなるのは、ある意味宿命であったと言える。

そこで、テレビ局が少しでもこのような人々が特に怒りを抱くことなく見てもらおうと考え、たどり着いたのがこの注釈、及びその表示である。そして同時に、教育熱心な親にも安心してみてもらおう目的も込められている。初めて使ったのは日本テレビである。この注釈を表示すれば、「番組の企画はあくまで現実では無くお笑いの話でしていることであり、決して食べ物を粗末にするつもりで行っているわけでは無い」と視聴者に思わせる事が出来るとされており、この注釈が表示されるようになって日本テレビに寄せられるクレームは激減したという。以降、他のテレビ局もこの注釈を使うようになっていったが、使われすぎて今度は信憑性に関する疑問が視聴者から上がるようになってしまった。

信憑性に関する論争[編集]

使われ始めた当初は、どんなに食べ物を粗末にするような企画であろうとこのフレーズが表示されていれば、視聴者に特に怒りが湧かせることなく平常心で視聴させることが出来るようになっており、免罪符としての役割をしっかりと果たしていた。

そして、この言葉が使われるようになってくると、かつてドイツで歓迎されていた免罪符が、「悔い改め無しに金銭のみで本当に罪が軽減されるのか」「罪が金銭で軽減されるのはおかしいことではないか」等の疑問がしばらくすると上がってきたように、「言葉で食べ物を粗末にした行動が許されるのはおかしいことではないか」「本当にスタッフが食べているのか」等の疑問や信憑性を疑問視する声が上がるようになった。

確かにこの注釈に向けられているような、信憑性に関する疑問は誰しもが一度は思うであろうものであるし、このような疑問が出てきて当然である。特に、「本当にスタッフが食べているのか」と言う疑問については長年、視聴者のを悩ませ続けた。なぜなら、我々視聴者は食べ物に関する企画を視聴する度にこの注釈を見ているものの、実際にスタッフが食べているところを見たことがないからだ。視聴者は誰もスタッフが食べているところを見たことがないので「本当はスタッフは食べていない」とする説も出た。このような論争は今でも度々起こっており、余りにも長く続いているためWikipediaでは特筆性があるとして執筆され、「良質な記事」にまで選ばれている。

この信憑性に関する疑問に対して、実際にテレビ局が答えたのはつい最近まで無く、「本当にスタッフが食べている」とする立場として、テレビ東京が2017年にとあるライターが取材した際実際にスタッフが番組内で使われた後の料理を食べているところを見せたものが初めてである。実際に食べているところを見せた以上、信憑性はあると考えても良さそうである。一方、「本当はスタッフは食べていない」とする側としてのテレビ局公式としての回答は未だ無い。というのも、もしテレビ局が公式として「本当はスタッフは食べていない」と回答しようものなら、たちまちクレームに対する免罪符としての注釈がたちまち機能しなくなってしまうことになり、これまで何とか注釈によってクレームによる打撃を交わして食べ物を無駄にするような企画を続けていたものが最早続ける事が出来なくなってしまう可能性が高いからである。しかし、松本人志がフジテレビの番組内で「実際にスタッフが食べているところを見たことが無い」という旨の発言をする等、芸能人からは「本当はスタッフは食べていない」とする側としての発言が相次いでおり[3]、やはりこの注釈の信憑性は無いと考えても良さそうである。

現在での扱い[編集]

このように信憑性に関する論争はあるものの、現在でも出演者が食べ物を諸事情により食べられないときや食べ物を粗末にするような企画を放映することがあれば必ずと言って良いほど使われており、最早形骸化しがかっているものの今でも免罪符としての役割を果たしている。また、フジテレビ系のあるドラマでは、番組に過剰なまでにこの言葉をはじめとした免罪符としての役割を果たす注釈を表示するようにさせたクレーマーへの当てつけ目的で注釈だらけの架空のテレビ番組を登場させている。

脚注[編集]

  1. ^ 例えこのような汚らしい残飯であっても、スタッフは視聴者からの非難を浴びるのを免れるため、食べざるを得ない。しかしこれは、あくまでも「免罪符」という建前にすぎず、ましてやこのような汚い残飯を食べたい人など誰もいないので、実際は食べていないと思われる[要出典]
  2. ^ 罪を免れる行動、ものや理由のことを指す言葉。ここでの罪は、視聴者からのクレームのこと。
  3. ^ 一方、「自分の出演している番組全てではスタッフは食べている」という、「本当にスタッフが食べている」とする側としての発言をしている芸能人もおり、どちらが正しいかは依然分かっていない。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]